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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)2606号 判決 1991年1月23日

原告

榊原万平

被告

西濃運輸株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一五八三万四四〇〇円及びこれに対する昭和五九年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二六八四万〇九四六円及びこれに対する昭和五九年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一1の交通事故(以下「本件事故」という。)の発生を理由に、被告に対し自賠法三条による損害賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和五九年六月三〇日午後零時五分ころ

(二) 場所 名古屋市中区千代田五丁目七番一〇号

(三) 加害車 訴外木全(旧姓大坪)詔子(以下「木全」という。)運転、被告保有の普通貨物自動車

(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車

(五) 態様 交差点手前で信号待ちのため停止中の被害車に加害車が追突した。

2  責任原因

被告は、加害車を自己のために運行の用に供する者である。

3  損害のてん補

原告は、自賠責保険から一二〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  本件事故と原告の傷害との相当因果関係の有無

(原告の主張)

原告は、本件事故により外傷性頸部症候群の傷害を負い、市立半田病院に昭和五九年八月二三日から同年九月九日までと昭和六一年三月三日から同月五日までの合計二一日間入院し、昭和五九年七月二日から昭和六一年四月八日までの間通院(実日数四八七日)して治療を受けた。

(被告の主張)

被告は、以下の理由により、本件事故と原告の傷害との相当因果関係を争う。

(一) 本件事故は、加害車、被害車とも損傷はバンパーの擦過痕のみという極めて軽微な追突事故である。

(二) 原告に関する神経症状については、客観的、他覚的所見はない。

(三) 原告には、本件事故以前から頸椎に退行性(経年性)変性があつた。

(四) 原告は、昭和五五年にも追突事故に遭つているほか、狭心症等の既応症がある。

(五) 原告の症状は、心因的要素によるものが大きい。

2  原告の後遺障害の内容、程度

(原告の主張)

原告の前記傷害は、昭和六一年四月八日症状が固定し、第五、六頸椎々間板後方突出、頸髄神経根の圧迫による知覚障害の後遺障害が残存し、原告は、その労働能力の二〇パーセントを喪失した。

(被告の主張)

原告の第五、六頸椎々間板の変性は、本件事故以前からの退行性(経年性)変性であるし、頸髄の神経根症状を表わす異常所見も存在しない。

したがつて、原告の症状は、他覚的所見のない神経症状であるから、労働能力の喪失率及び期間は、せいぜい五パーセント、一年間と見るべきである。

3  損害額

4  賠償額の減額、割合的認定の可否

(被告の主張)

本件については、本件事故の軽微性、原告の腰痛、狭心症等の既応症、退行性変性の存在、本件事故に起因する受傷・症状のないことあるいは心因性のものにすぎないこと、就労可能時期、被害者の心理的要因による治療長期化等による賠償額の減額、割合的認定が適用されるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故と原告の傷害との相当因果関係の有無)について

1  甲二ないし六、乙一四ないし一七、乙一八ないし二八の各証、証人榊原健彦及び原告本人によれば、原告は、本件事故により外傷性頸部症候群の傷害を負い、市立半田病院に昭和五九年八月二三日から同年九月九日までと昭和六一年三月三日から同月五日までの合計二一日入院し、昭和五九年七月二日から昭和六一年四月八日までの間通院(実日数四八七日)して治療を受けたことが認められる。

2  被告は、本件事故と原告の傷害との相当因果関係を争うので、この点について判断する。

(一) 本件事故の軽微性について

被告は、本件事故は、加害車、被害車とも損傷はバンパーの擦過痕のみという極めて軽微な追突事故であると主張し、車両の損傷状況については、乙七及び弁論の全趣旨により被告主張の事実が認められる。また、乙六、八、九、一二及び証人木全によれば、本件事故の発生状況は、加害車が被害車に続いて停止し、加害車を運転していた木全が車内の床に落ちていた伝票をひろおうとした際、ギアをセカンドにしたままクラツチとブレーキを踏んでいたのが緩み、車がスタートしたため追突したものであることが認められ、加害車の衝突時における速度は低速であつたことが認められる。

もっとも、乙八及び九に記載されているように、加害車の衝突時の速度が時速二ないし三キロメートルで、衝突時に原告車が押し出されて前進した距離がわずか二〇センチメートルにすぎないか否かについては、甲一六(ただし、原告車が約四メートルも押し出されたとの点は除く。)、証人榊原道子及び原告本人に照らして、そのまま採用することができず、原告及び妻道子が衝突時に身体に痛みを感じる程度の速度は出ていたことがうかがわれる。

よつて、車両の損傷状況から直ちに原告の傷害の事実を否定することはできない。

(二) 原告の神経症状についての客観的、他覚的所見について

甲四、六及び証人榊原健彦によれば、原告の第五、六頸椎々間板の後方突出の事実及び頸髄神経根の圧迫所見がある事実が認められる。

なお、鑑定及び証人藤澤幸三の証言の一部には右に反するような記載及び供述が存するが、椎間板の変形を「突出」というか(証人榊原健彦)、「膨隆」というか(証人藤澤幸三)は、表現の相違にすぎないというべきであるし、CTスキヤン、MRI検査等の所見についても、相当長期間にわたつて原告の診察にあたつてきた証人榊原健彦の証言に信憑性が認められるので、結局、原告の神経症状についての客観的、他覚的所見を全く否定することはできない。

(三) 頸椎の退行性変性について

証人榊原健彦の証言によれば、原告の第五、六頸椎々間板の後方突出については、本件事故による外力によつて生じた可能性も考えられるが、他方、鑑定によれば、原告の受傷後二日目の頸椎部のレントゲンですでに第五、六頸椎々間板の狭少化があり、それ以前の相当長期間に渡つての椎間板の何らかの変性によるものと推認されるので、右椎間板の変性は、本件事故以前からの退行性変性であつたと認めるのが合理的である。

もつとも、原告本人によれば、本件事故前においては、事故後に生じたような神経症状はなく、毎日朝から夜まで通常に仕事ができたことが認められるので、右の退行性変性が本件事故後の神経症状について関与するとろこがあるとしても、本件事故を契機に神経症状が発生したことは明らかというべきである。

したがつて、退行性変性の存在が本件事故と原告の傷害との相当因果関係を否定する要素となるものではない。

(四) 以上のほか、被告は、原告の既応症の存在及び心因的要素を主張するが、いずれも本件事故と原告の傷害との相当因果関係を否定するに足りるだけの的確な証拠は存しない。

よつて、相当因果関係を肯定することができる。

二  争点2(原告の後遺障害の内容、程度)について

1  甲六、証人榊原健彦及び原告本人によれば、「原告の前記傷害は、昭和六一年四月八日症状が固定し、第五、六頸椎々間板後方突出、頸髄神経圧迫による知覚障害(自覚症状としては、両上肢のシビレ、疼痛、頸部運動時疼痛等)が残存したことが認められる。

2  鑑定及び証人藤澤幸三の証言の一部には、右に反するような記載及び供述が存するが、前記一2(二)に判示したとおり、これをそのまま採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

もつとも、前記一2(三)に判示したとおり、原告の椎間板の変性は、本件事故前に存した退行性変性であると認めるのが合理的であり、これが本件事故後に生じた原告の神経症状に相当程度寄与していることが推認できるので、この点は後遺障害による損害について斟酌することとする」(なお、鑑定によつても、外傷に起因する症状に対する治療期間は症状固定時期である昭和六一年四月八日までとされ、治療が長期化したことについては特別不合理とする事由は示されていない。)。

三  争点3(損害額)について

1  治療費(請求も同額) 二四八万三七〇〇円

甲二ないし五、甲七の一、二、甲八の一ないし八七及び原告本人によれば、原告は、本件事故による前記傷害の治療費(症状固定後の理学療法料及び文書料も必要、相当と認める。)として、右金額を要したことが認められる。

2  入院雑費(請求も同額) 二万一〇〇〇円

甲二、四、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、原告は、入院期間中一日あたり一〇〇〇円、二一日分合計二万一〇〇〇円を要したことが認められる。

3  交通費(請求も同額) 二〇万〇四〇〇円

甲六、七の一、二、甲八の一ないし八七、甲九の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、原告は、通院のためのタクシー代及びバス代合計として右金額を要したことが認められる。

4  休業損害(請求五九二万九二〇〇円) 四七四万三三六〇円

(一) 甲一〇ないし一四、甲一九ないし二三、二四の一ないし六、証人榊原道子及び原告本人を総合すると、原告は、洋服仕立職人として、二一歳で独立してから三〇年来洋服仕立、リフオーム、かけつぎ及び既製服販売を業とする「万平洋服」を、妻道子の補助を得て経営してきたこと、原告は、本件事故当時五一歳であり、平均年間七〇〇万円を下らない収入を得ていたこと、妻道子の仕事への寄与率を考慮しても、原告は、本件事故当時、少なくとも、昭和五九年度賃金センサス男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の五〇ないし五四歳の平均賃金年間五〇〇万九八〇〇円(日額一万三七二五円)の収入を得ていたものと認めることができる。

(二) ところで、原告は、<1>昭和五九年六月三〇日から昭和六〇年一月三一日の二一六日間は一〇〇パーセント就労不能、<2>同年二月一日から症状固定日の昭和六一年四月八日までの四三二日間は五〇パーセント就労不能であつた旨主張する。

しかしながら、甲一〇ないし一二、二〇ないし二三により認められる本件事故前と事故後の収入額の多寡を比較して考えると、原告の主張をそのまま採用することはできず、右各証拠と証人榊原道子及び原告本人を総合すると、原告は、前記<1>の期間につき平均八〇パーセント、<2>の期間につき平均四〇パーセントの収入を喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、前記日額一万三七二五円を基礎に休業損害を算定すると、次の計算式のとおり四七四万三三六〇円となる。

13,725×(216×0.8+432×0.4)=4,743,360

5  傷害慰謝料(請求も同額) 一七〇万円

前記傷害及び治療経過に照らすと、傷害慰謝料は右金額が相当と認める。

6  逸失利益(請求一一九〇万六六四八円) 五一八万五九四〇円

前判示のとおり、原告は当該年齢の平均賃金程度の収入を得る蓋然性が認められるので、症状固定の年度である昭和六一年度賃金センサス男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の五〇ないし五四歳の平均賃金年間五三六万〇二〇〇円を基礎に算定するのが相当である。

そして、前記二1、2記載の後遺障害の内容、程度その他の事情を総合勘案して、原告は、本件事故により、就労可能な一四年間にわたり毎年一〇パーセントの収入を喪失したものと認め、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の事故時における現価を算定すると次の計算式のとおり五一八万五九四〇円となる。

5,360,200×0.1×(11.5363-1.8614)=5,185,940

7  後遺障害慰謝料(請求四〇〇万円) 一五〇万円

前記後遺障害の内容、程度等に照らすと、後遺障害慰謝料は右金額が相当と認める。

8  弁護士費用(請求一八〇万円) 一二〇万円

本件事案の性質、難易、審理の経過等諸般の事情に照らして、右金額が相当と認める。

9  損害のてん補 一二〇万円

当事者間に争いがない。

10  合計 一五八三万四四〇〇円

四  争点4(賠償額の減額、割合的認定の可否)について

被告主張の減額事由のうち、退行性変性の存在を後遺障害による損害について斟酌したことは、前判示のとおりである。また、治療が長期化したことについては特別不合理とする事由が見出せないこともまた、前判示のとおりである。

その他の被告主張の事実については、これを減額事由として認めるべき的確な証拠がない。

よつて、被告の主張は採用することができない。

五  結論

以上の次第で、原告の請求は、一五八三万四四〇〇円及びこれに対する本件事故日である昭和五九年六月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 芝田俊文)

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